そういえば、テレビショッピングのことを私は何も知らない。
テレビ画面を通じて商品を紹介し、視聴者が電話やネットで注文する。そういう、存在としての基本は横目で見てきた。出演者が朗々と商品の良さを語り、別の出演者がおうせいに驚く。場合によっては「わ〜」とか、「やす〜い」とか、会場からの合いの手があがるというような番組のイメージも、なんとなくではあるけれど、持っている。
けれど利用したことがないし、きちんと視聴者として観たこともない。はっとして、そもそもいつどこで放送されているのか、そういえば知らないことに気がついた。知っているけど、同時に何も知らないのだ。
以前、テレビのチャンネルを回していて、偶然放送していたテレビショッピングの番組を、なんとなくつけっぱなしにして食事をしたことがあった。
観て、驚いた。というのも、そのときに扱われていた商品が「毛玉取りブラシ」だったのだ。これをテレビで売るのか。
テレビショッピングというのは、圧倒的にプッシュ型の商売だろう。
目的のないお客に向けて、広く認知してもらうやり方だ。すでに必要としている、欲しいから来ているお客に売るのではない。ちょっとテレビをつけたら画面に映ってた、そんな人がお客なんじゃないか。つまりそれは、このときの私だ。
で、ふとテレビをつけた人が、いきなり毛玉取りブラシを買うだろうか。ちょっと難しくないですかそれは。
だって、毛玉取りブラシである。ああ欲しいなあと思ったことが、これまでの人生であっただろうか。一瞬の一を1と数えたとして、2、3瞬くらいはあったかもしれないけれど、そんなもの、次の瞬間には吹き消えてなくなる刹那だ。「水でも飲むか」と立ち上がればもう忘れて、私だったら二度と毛玉取りブラシのことなど思い出さない。
蟹とか肉とか、いつだって欲しくてつい考えちゃうものならともかく、毛玉取りブラシをテレビショッピングで売るというのは、あまりにも難しい。
けれど、これが杞憂だったんである。番組は、毛玉取りブラシをそれは明るく朗らかに売った。
ステレオタイプのテレビショッピングの常套句として、「でも……お高いんでしょう?」というのがある。こんなにいいもの安く売ってもらえるはず、ないですよね? と振るわけだ。するとどうだろう、「おまかせください。今なら……なんと通常の3割引、9999円で、ご奉仕します!」という答えが帰ってくる。「え〜っ! すごい!」と、なる。
毛玉取りブラシの売りざまは、そのものがすでにこの常套句にあてはまるかのようだった。
「でも……売れるわけないでしょう?」と私は思っている。「それがなんと、売れるんです! ありがとうございます! ご注文のお電話をたくさんいただいておりまして、ただいま大変、繋がりにくくなっております!」「え〜っ! すごい!」
番組の出演者による、毛玉取りブラシのすばらしさの解説はそれはもうなめらかなものであった。まず、「みなさん、毛玉取りブラシなんて、いらないと思っていませんか? そもそも 欲しいと考えたこともなかったのではないでしょうか!」と、こうくる。私ははっとして、「はい」と言うしかない。
そこから、いかに毛玉取りブラシというものが、その利便にもかかわらず世の中的に注目されていないかを説いていく。電動の毛玉取り器は便利かもしれませんが、電池が切れて肝心なときに使えなかったことはありませんか。気がついたら生地をいためてしまっていたなんてことは……?
なんと私、あるんである。毛玉取り器でまんまとTシャツに穴を開けたことが。また首を縦にふることになってしまった。
テレビショッピングといえばおなじみの、実演がまた物語る。毛玉がたくさんついた、ごわごわしたニットが出てきた。
「見てください! さーっと、なでるだけです。いいですか、なでるだけですよ。ほらっ! 毛先がT字型に特殊加工されていますからね、構造にも段差がつけてあります。大きな毛玉も、小さな毛玉も、きれいに取り除きます」
わ〜!
「洋服用のブラシというと、スーツやコートに使うものだと思っていらっしゃいませんか。このとおり、ウールのニットもすっきりです。カシミヤにも、アクリルにもご利用いただけます!」
恐ろしくなって、私はテレビを消したのだった。
そういえば、テレビショッピングのことを私は何も知らない。
後日、テレビショッピングに登場するMCの方々が、ぐんぐん商品を輝かせる、そのトークの腕まえに興味がわき、いくつかの番組を見てみた。なるほどこれがプロの技かと唸った。(こちらで取り上げた)
見ることでいっそう、テレビショッピングという文化や実態を、私は知らないなあとまた思わされた。何がどうしてこうなった世界なんだろう。テレビをつければ今日も元気に放送されている。存在としては、驚くほど身近なはずなのに。
世界へ発信されるカルチャーのひとつとして、今こそテレビショッピングに注目したい。それはどういうものなのか。改めて観て、知っていく。
